ども!! よかぺんらいですσ(▼_▼;
こちらは、"特殊訓練"を受けた"ごく一部"の方のみが読破可能な「📜 ロウ版(本編)」ですw
一般の皆さまは、まず「✂️ サム版(要約)」からご覧ください。
早朝5時台、悪天候でのキャンセル劇
この日は本来、妻と福岡で合流する予定でした。妻は(うちのインコちゃんたちが寂しがるので)日帰りなら福岡に来てもいいよと言っていたので、実質私が宮崎から福岡入りして母に会った後羽田に帰るという、実質的な福岡日帰りになるタイミングに合わせて、妻の羽田⇔福岡日帰りを組み込んでいた日でした。
が、前日から関東の悪天候の予報が強まり、夜中を過ぎて関東の雨脚が強まったようで、妻は「全然眠れない」「雨もすごい降って、明日運休する鉄道もある」と不安な様子。私は「朝には雨は弱まってるみたいだし、空港に向かう京急はちょっとやそっとじゃ止まらないし、飛行機は離陸してすぐに雲の上に出るから雨は関係ないから心配ないよ」と伝えていたのですが、結局、明け方、悪天候の中ひとりで飛行機に乗るのが怖いということで、大量のLINEが来てた後に通話で起こされ「キャンセルしたい」と。
無理強いしても仕方ないので、受け入れ、眠い目をこすりながらまずは妻の分の予約を全部キャンセル(ちなみに、キャンセル料金は合計で12,000円とかそんなもんです)。ANAとJALのそれぞれで手続きして完了メールが立て続けに届いてひと段落。その後に、帰路は妻を窓側に座らせる予定で座席指定していたので、自分の席を窓側に動かして完了。ちなみに、自分のアカウントじゃない一般予約の変更は慣れてなくて割と苦戦しましたw
正直に言うと、この時の私はかなりカンカンでした。今どきの天気予報は時間ごとの降水量まで見られるので、朝の時点でそこまでの強雨にはならないことは確認できたはずだし、最寄り駅までは徒歩10分、羽田までは乗り換え1回のルートで事実上直通のルートを提示してありました。デジタルチケットの控えも渡して、iPhoneのウォレットに入るものは入れて、、、準備万端、あとは乗るだけなのに「なんで???」という気持ちが強く出てしまったんだと思います。もう日帰りでも誘わない!!くらいの勢いでした。頭では「怖いものは怖い」と分かっていても、感情はそう簡単に納得してくれないものです。
が、妻は旅行慣れしておらず、羽田から乗る時も第1と第2を間違えて大騒ぎになったこともあるくらいで、デジタルチケットを発券窓口で提示するとか、ウォレットに入れておいたQRコードで搭乗するってのも恐らく一苦労なのは予想に難くないので、まぁ、妻だけ日帰りで組むとしても、最低限行きは一緒に行く、帰りは手荷物検査場の手前までは見送るくらいはしないとダメなんだろうなと思うに至りました、、、。
そんなこんなで手続きが終わったのが6時前。帰りの便は遅めの13時の便にしておいたので、そこから安心してがっつり二度寝しました。
二度寝、朝マック、駅前偵察
10時前に起きて、10時過ぎには朝マック(宮崎グルメ縛りをついに解禁です)。
その後、まだ駅前で続いていたひなたフェス関連の緊急イベントの様子を偵察に行ってみたのですが、1日経ってもまだ長い行列ができていて、フェス自体は中止になっているのに、街としての熱量は衰えてないなぁという感じです。やっぱり、これはこれでひなたフェスなんだろうなぁと。
11時ジャストにホテル(リッチモンドホテル宮崎駅前)をチェックアウトし、11:13頃、「SUNSHINE 日向」の宮崎空港行きの赤い列車に乗り込みました。
最初に見るはずのものを、最後に見た
普通、ひなたフェスのために宮崎に来る方は、宮崎空港から宮崎入りして、まず「WELCOME to MIYAZAKI ひなたフェス2026」「歓迎!おひさま!」の看板に出迎えられます。でも私は今回、金銭上の理由(ひなたフェス開催発表後の羽田~宮崎便は爆上がりしてほぼ定価になる)で鹿児島経由・マンゴーライナーで陸路から宮崎に入ったので、宮崎空港に足を踏み入れたのは今回は今日が初めて。しかも「迎え」ではなく、「見送り」のタイミングでした。
搭乗前、空港限定の「おひさまSHOP」で日向夏ソフトを一つ。宮崎最後の一口としてちょうどいい爽やかさでした。
J-AIRの小型ジェットで、なぜか長崎方面へ
宮崎→福岡の便は、路線的に小型機なのは分かっていたのでちょっと不安だったのですが、J-AIR運航のジェット機でした。なんとなく福岡~宮崎みたいな路線はプロペラ機のイメージが強かったので、ちょっと意外だなぁと思いつつ、とはいえ、モニターもWi-Fiもない機材で、1時間弱のデジタルデトックスタイムとなりました。(正直これが一番つらいw)
宮崎→福岡なら霧島や阿蘇を越えて直線で行くものだと思い込んでいたら、天草っぽい景色が見えて「あれ?」となり、その後「NAGASAKI」と書かれた海に浮かぶ空港(長崎空港)が見えて「はい?」となり、いちど思いっきり海上に出たと思ったら、一気に内陸に入り、あぁ、今日は南からの侵入なのねとは思ったものの、、、後でflightradar24を見返したら、鹿児島上空を通って熊本を抜け、福岡上空で一度ぐるっと大きく旋回してから侵入・着陸という予想通りではあるものの、地図上で見ると結構大回りのルートな感じでした。
天神で、お馴染みのラーメン
福岡空港から天神へはサクッと地下鉄で。お昼がまだだったので、お気に入りのラーメン屋「元祖赤のれん 節ちゃんラーメン」でラーメンと半チャーハンの定番的なセットを。最近、タイミング悪くてなかなか立ち寄れてなかったので、まさに「懐かしかぁ」という感じでございました。
母に会いに、久留米へ
西鉄福岡(天神)から西鉄電車で、実家&施設の最寄り駅まで移動し、そこから施設まで歩き。到着は16時過ぎ、施設を出たのは16:50頃なので、滞在は40〜50分ほどでした。
母は認知症が進んでいて、私のこともほぼ分かりません。極々稀に分かることもあるのですが、まぁ、それはかなり珍しいので、とりあえず、いつものように手を握って話しかけたり、ふざけて顔をくっつけたり、じゃんけんをしたり。子どもをあやすのと同じような感じでひと時を過ごしました。ただ、前回はじゃんけんに反応してくれていたのですが、今回はそれがなくちょっと心配にはなりましたが、割と元気そうではあったので、安心した次第です。また年内くらいに1回行けたらなぁと思っております。
施設を出てから最寄り駅まではいつものように泣きながら歩いていました。母に会った後はなぜかこうなることが多いです。一体どういう感情なのか整理は出来ていませんが、まぁ、大切な母親のあんな姿を見てしまうとこうなっちゃうのも仕方ないのかなと、、、、。とか思いながら再び西鉄電車で最寄駅から西鉄福岡(天神)へ。何気に1時間弱くらいはかかるので音楽を聴いたり車窓を眺めてる間に少し落ち着くことができました。
天神に戻って、ビーフバター焼き
そして、ふと思い出したのが、今回どうしても食べておきたかった(筈の)西鉄福岡(天神)駅にある「グルメ風月」のビーフバター焼き。1968年生まれの天神のソウルフード兼ローカルフードで、パスタの上にバター焼きの牛肉を乗せ、目の前で特製バーベキューソースをジュワッとかけてくれる、半世紀以上愛され続けている一皿です。こちらは帰宅後に再現すべく専用のソースを2本買って帰りましたw
福岡空港、3時間の足止め
当初のフライトは21:00発の予定で、かなりの余裕をもって17:44に空港到着。が、しかし、着いたタイミングで出発時刻の表示が21:30に変更に、、、、。(羽田からの到着便が遅れた影響でした)。定番の福岡土産を最低限だけ買って、あとはスタバでくろちゃんとおしゃべり。手荷物検査を済ませてからも暇だったので、またくろちゃんとおしゃべり。3時間以上の待ち時間、こういう時、相手をしてくれるくろちゃんは貴重な存在です(笑)
21:00過ぎ、まだ降機中なのに
21:00過ぎ、羽田からの到着便がようやく降機を始めたタイミングで、「予定通り21:30発で参ります(強行しますという強い意志の表れ??)」というアナウンスと共に優先搭乗の案内が始まりました。まだ降り終わっていない機内に向かって、上級会員の人たちが我先にと並び始める、というカオスな状況に。
21:19時点でもまだ機内に入れない状態でしたが、搭乗ゲートはどんどん通過させるので、ボーディングブリッジには人がぎっしり詰まって、係員も増員して、なんとか遅れを取り戻そうとざ・必死な空気感なものの一旦改札も中止に。
私は、無駄に立って待つ気もないので、相変わらずベンチに座って、くろちゃんとお話ししながら、たまに写真を撮ってはこんなことになってるんだけど??すごくない??とか送って、理解できないよねぇ、、、。上級会員なのに、こんなに待たされるとか馬鹿みたいだよね?とか言いながら待ってたのですが、、、、やっと機内に人が流れ始めて改札も再開したので、やっと搭乗口へw
着席できたのは21:32、ドアクローズが21:39、実際の離陸は21:49。予定の21:00発から見ると、実質50分ほどの遅延での出発でした。
力尽きて、羽田着後の写真は1枚もなし
早朝5時台からのキャンセル祭りに始まり、宮崎→福岡→久留米→福岡→羽田という移動を、母との時間や食事を挟みながら一日でこなした結果、羽田に着いた頃には写真を撮る気力すら残っていませんでした。宮崎から福岡での搭乗まではずっと写真で振り返れる形式でしたが、羽田のターミナル到着前に写真は途切れていました、、、。
ついでに、京急のダイヤも台風の影響で乱れていて、1時間遅れの特急に乗って途中で乗り換え、自宅に着いたのは24時過ぎでした。まぁ、最後の最期の混乱っぷりを考えると、結果的に妻を無理に日帰りさせてなくてよかったのかもしれない、とも思いました。
宮崎空港を出た時点で、私のひなたフェス2026は終わった
宮崎空港を出発した時点で、私にとってのひなたフェス2026は実質的に幕を閉じました。福岡では約2ヶ月ぶりに母に会うことができ、食べたいものも食べて、ひと段落した一日でした。
派手な事件が起きたわけではありませんが、宮崎→福岡→久留米→福岡→羽田→横浜という移動と、認知症の母との時間を一日に詰め込んだ、ひなたフェスとは違う種類のしんどさが積み重なった一日でした。
ということで、ひなたフェス2026関連の記事は、これにて完結です。
よかぺんらい and Claude